すとれんじゃぁ ★
真理との戦いの後処理が漸く終わった頃。オレは久しぶりに大佐と食卓を共にしていた。
「こうして二人でゆっくりメシ食うの久し振りだな」
「ああ。の手料理が恋しくて仕方なかったよ」
「少しは上達したろ?」
ふふんと鼻息を鳴らすと、大佐はくっと笑う。
「そうだな。元々味は悪くなかったが、見た目もよくなっている」
「さ、さんきゅ」
……なんか素直に誉められると落ち着かねえな。
「食後に大事な話があるんだが、聞いてくれるか?」
真っ直ぐに目を見られて、オレは瞬く。なんだ? 今後の進退的な話かな。色々動きすぎたせいでまた地方に飛ばされたりするのか?
もちろんオレは応と答えて、食事の続きを楽しんだ。
そして今。
リビングのソファに二人で横並びに座っている。ローテーブルの上には大佐用にワインと、オレ用に紅茶。
でも、大佐はワインには口をつけてなかった。
「大事な話ってなんだ?」
酒を入れるのも憚られる程の重大事か。
軽く喉がなる。
大佐はそんなオレの手を取り、
「……結婚してほしい」
オレの思考が停止する台詞を口にした。
……………ん?
「は?」
また冗談でも言っているのかと大佐の目を見れば、そこには明らかに熱が籠っていて。少し不安げに瞳は揺れていて。
オレの空いていたもう片方の手も取られた。
「これから先も、私と共に人生を歩んでほしい」
え? マジなの?
「え。いやいや。え? 中尉は?」
「何故ここに中尉が出てくる」
「え。だって、戦いの時に何度も感じたぜ。オレなんかが間に入れない空気。これ以上ないくらい右腕ー! って感じだったじゃん」
眉間に皺を軽く寄せる大佐に思うところを説明すると、彼ははぁと溜め息をついた。
「確かに彼女とは古くからの付き合いだから、そういう空気もあろう。だがそれは仕事上での右腕であって、私が人生の右腕にと望むのは、キミだよ」
言い終わりと同時に、大佐は手に取ったオレの手の甲に唇を落とすもんだから、オレの顔はこれ以上ないくらい発熱する。
「そ、そもそも付き合ってないのに結婚ってなんだよ!?」
「ならば言い方を変えよう。結婚を前提に付き合ってくれ」
唇は手に寄せたまま、上目使いでこちらをみやる大佐。
やめっ。やめろ。それやめろ。
「つか。なんで、いきなり」
「内々にだが、またイーストシティに戻ることになった。イーストシティにもついてきてくれるというのなら、関係をここらではっきりとさせたかった」
「関係を、はっきりって言ったって……もうずっと一緒に暮らしてるし、付き合うって言ったところで何も変わらなくねえか!?」
腰を仰け反らせながら叫ぶと、オレの手が大佐から解放された。ほっとしたのも束の間。今度はその手がオレの腰とほっぺたに伸びてくる。
「全く違うさ」
「付き合ってようが付き合ってなかろうが一緒に暮らすのは変わんねーだろ!」
オレが大佐の家に住んで家事全般をやるというのが、最初に交わした約束のはずだ。向こうからお役御免を貰わない限りオレからそれを反故にする気はない。
「変わるよ」
真っ赤になりながら叫ぶオレを、目を細めて見つめながら、大佐は囁いた。
「こうして触れるのに許可がいらなくなる」
「ーーっっ!!」
自分の顔から湯気が出るのではないかと言うくらい、顔が発熱する。暑い。顔がくっそ暑いっっ!
顔を反らしたいのに、片手を添えられててそれも出来ない。否、正しくは添えられている手と逆に顔を向けたところで、その手をすっと差し入れられて、顔の位置を戻されたんだけど。
「さ、散々許可なく触ってきてた前科持ちがよく言うよ!」
せめてもの意趣返しにと叫ぶが、それすらもコイツには可笑しかったようで、口の端をあげられた。
「……そういえばそうだな」
「そもそもっ! 今だってオレは触っていいなんて許可した覚えはないっっ」
「こんなの触っているうちに入らん」
「触ってるだろうが! 物理的に!!」
ぐいぐいと大佐の肩を押すけど、当然びくともしない。
くっそーー!! こいつのこの余裕綽々感がムカつく。
「さて。答えを聞かせてもらえないか?」
「何が!」
「まあ、即答で拒否をされなかったあたり自惚れてもよいのかとは思ってはいるが」
「っっ」
にっと片頬あげて嫌らしく笑う大佐。
くそー。くそー。くそー!!
「キミは気まぐれだからね。言質をとらせてほしい」
言いながらオレの下唇に親指で触れるなバカ! 変態佐!!
「ふ。耳まで赤いな」
「ううううるせーー!」
そんな真っ赤になっているオレの耳に大佐は自分の唇を寄せ、ほんの微かな声で、音にすらならない、息のみで、囁いた。
「愛している」
その言葉に、全神経と全感情を持っていかれた気がした。心臓はオレの頭とは関係なしにこれ以上ないほどに激しく動き、口は餌を待つ鯉のように動く。コイツの触れている箇所が火傷したように熱い。ついでにオレの頭も熱い。
ああもう。どうして。オレは、こんなにーー
嫌じゃないんだ。
そんなの、答えは一つだ。
わかってた。ずっと欠片は心の端に転がっていた。敢えてみないように拾わないようにしていただけで。
それを無理矢理握らされた。その上で胸の前に押し付けられた。
大佐の腕の中は安心する。今、心臓はうるさいけど、その理由は底からふつふつと沸き上がってくる暖かな感情で。
「キミに、これ以上触れる許可を」
額を付き合わせて、囁かれた。
そして右頬に唇を落とされる。しかも、わざとらしく音をたてて。
あ。これ頷いたら問答無用でちゅーされるやつだ。いや、コイツの場合頷かなくても最終的にされる可能性あるけど。
どちらにしろ、されっぱなしはなんか悔しいな。
「愛してる」
左頬に唇。
「返事を」
額に唇。
「こ、こんな状態で返事できるか」
「大事なところは塞いでいないよ」
言いながら、今度は鼻へ。
ああもう。なんかもう。なんなんだよもう。
オレが本気で拒否してない時点でわかってんだろ。
それでも言わせたいのか。言わせたいんだろうな。言質をとりたいとかぬかしてやがったからな。
……とはいえ、思い通りに動くのは癪すぎる。
鼻から唇が離れたタイミングで、オレは大佐の両頬をがっと挟み込んだ。
そしてそのまま自分の顎をあげて、少しだけ前に動く。
オレの唇が、触れた。目の前の大人げないやつのソレに。
ほんの一瞬の接触。
離して閉じていた瞳を開けると、大佐は目を丸くしていた。
「これが返事だバカヤロウ」
目を瞬かせる大佐に、内心でガッツポーズをとった。
してやったぜ!!
そんなことを思う間に、
「わっ」
目一杯抱き締められていた。背中もほっぺた、痛い。
「言葉が聞きたかったが……今はこれでいい」
「言ってほしかったら、言いたいって思うようなことしろよ。言いたくなったら言ってやる」
胸と腕との隙までもごもごと喋ると、大佐が笑うのが胸の動きで分かった。
「んだよ」
「いや、らしい、と思ってな」
「ふん」
どーせオレは素直じゃないし天の邪鬼だよ。悪かったな。でもそんなオレがいいと言ってるのはあんただぜ?
鼻息一つつくと大佐の身体が少し離れた。
そして、額をまた付けられ、ほぼゼロ距離で瞳を捕らえられる。
「……もう一回」
「ーーっっ!」
調子に乗るな!!
思いながら放ったオレの拳が大佐の脇腹に入る。……びくともしなかったけど。
「言葉の代わりにしてほしい」
「もうしただろ」
「足りない」
なんだこの押し問答。この距離ですることか!?
「い、や、だ」
「……仕方ないな。私からするとなるとすごいことになるのだが……」
「なんだよすごいこーーっふっむ」
オレの疑問の言葉は大佐に喰われた。
喰われた。うん。この表現間違ってない。
「ーーはぁっ」
オレの全身の力が抜けるのは、あっという間だった。
崩れ落ちそうになる身体は、大佐の腕で支えられる。
「もう手加減も我慢もしないから、覚悟するんだな」
表情が見えるくらいに離れた距離で、にやりと笑みを向けたかと思うと、また貪りついてきた。
反駁する元気も、抵抗する力もなく、オレは諦めの境地で瞳を閉じるのだった。
コイツ、30越えてんだろ……。なんでこんなに元気なんだよ……
★☆★
最後の最後までお付き合いありがとうございました。
最後に何かメッセージがございましたら…
平成31年4月30日 みお
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